ヤマト政権の氏姓制度とは?
4世紀になると大和(奈良県)を中心とした政治連合が誕生します。これがヤマト政権です。大王を頂点に氏姓制度と呼ばれる仕組みで豪族を管理しました。
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氏とは
氏姓制度の「氏」とは簡単に言えば「一族」のことです。ちなみに氏の中で一番えらい立場を氏上といいます。
そして、その氏のメンバーを氏人と呼ぶ。ついでに、その一族が信仰している神様を氏神といいます。
姓とは
で、氏姓制度の「姓」はヤマト政権におけるランクや役割を表します。
つまり姓とは簡単に言えば「身分」のことですね。
主な姓には臣・連・君・値の4種類があります。それぞれの姓の意味を確認していきましょう。
- 臣:大和の有力豪族・地方の極めて有力な豪族
- 連:軍事など特定の職務にたずさわる豪族
- 君:地方の有力豪族
- 値:地方の一般豪族
「臣」というのは大王に近いレベルで一定の地域を支配している大豪族で、葛城臣や蘇我臣が有名です。
これに対し、「連」というのは大王家に元々使えていた豪族で特定の職務や役割を持っています。例えば、大伴氏や物部氏は軍事を担当し、中臣氏は祭祀を担当していました。
祭祀とはお祭りや儀式のことですよ。
また、臣の中でも特に有力な一族を大臣、連の中でも特にえらい一族を大連といいます。
で、中央で朝廷の職務を担当していたのが伴造です。
「伴」とは現在の公務員のようなものですね。
伴造は品部と呼ばれる職人さんの集団を管理していました。例えば錦織部という品部は織物の職能集団です。
さらに中央で働く伴造に対して地方官にあたるのが国造です。
私地私民制とは
私地私民制とは大王や豪族がそれぞれ自分の土地とそこに住む領民を所有することです。氏姓制度を支える経済的基盤が私地私民制です。
大王の直轄地を屯倉といい、屯倉に住む民を名代・子代といいます。
一方、豪族の支配する土地を田荘といい、田荘に住む私有民を部曲といいます。
ここまでで、ヤマト政権の氏姓制度の解説は終わりです。
ここからは一問一答で知識を定着させていきましょう。
定期試験・大学入試・歴史能力検定などに是非、ご活用下さい。
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一問一答!8題
※「+解答解説」ボタンを押すと「答え」を確認することができます。
1.中国王朝への遣使が途絶えた間に、豪族を大王家中心の支配体制下に組み込むための政治・社会制度である( )制度が整備された。[立命館大]
2.各地の豪族は、同族集団である(①)の首長である(②)を政治に参加させた。[学習院大]
3.ヤマト政権の世襲制の王を何というか。
4.大和の有力豪族や地方の極めて有力な豪族を(①)という。一方、特定の職務を持って大王に使える有力豪族を(②)という。
5.地方の有力豪族を(①)といい、地方の一般豪族を(②)という。
6.蘇我氏には(①)の姓が与えられ、大伴氏や物部氏には(②)という姓が与えられた。[上智大・改題]
7.ヤマト政権は、地方支配のため地方豪族を( )や県主に任命し、君や直を与えた。[南山大]
8.大和政権の直轄地である(①)や、直轄民である(②)は大王家の私有財産と考えることができる。[関西学院大・改題]
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