ネモリズマブのニュースを受けて

ネモリズマブへの期待の声

今月のネモリズマブの治験結果に関するニュースを発端として、インターネット上でネモリズマブへの期待を寄せる声が散見されています。

これでアトピー患者が救われることになるのではないかとの声や、早く薬が使えるようになってほしいなどの声があがっていました。

しかし、私は次の点で違和感を感じました。

  • デュピルマブを忘れてはいないか。
  • ネモリズマブへの楽観論が行き過ぎてはいないか。

今回はこの点について記したいと思います。

出典:世界初、かゆみを標的にしたアトピー性皮膚炎の新たな治療戦略 — 京都大学

 

デュピルマブの話はどこへ?

これまでの動きをみる限り、デュピルマブ(デュピクセント)が、いくつかの面で、ネモリズマブに先んじているように思います。

ネモリズマブは第Ⅱ相試験の結果が出たところですが、デュピルマブは複数の第Ⅲ相試験の結果が出ています。

ネモリズマブは平成31年の実用化を目指していますが、デュピルマブはすでに厚生労働省への製造販売承認申請を済ませています。

デュピルマブ(Dupilumab)の商標「デュピクセント」はすでに登録されています。「Dupixent®」についても、欧州EMAおよびアメリカFDAから条件付きで承認を得ています。

かゆみと炎症

ネモリズマブはIL-31を標的としてかゆみを抑えることをコンセプトとしています。一方、デュピルマブは、IL-4およびIL-13を標的として、アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー性炎症を抑えると考えられています。

間違っているかもしれませんが、ネモリズマブは主に「かゆみ」を抑え、デュピルマブは主に「炎症」を抑えると考えられます。

かゆみが軽減されて掻かなくなれば炎症も起きないであろうし、炎症が抑えられればかゆみも軽減されるであろうから、どちらの薬も結果的には「かゆみ」と「炎症」を抑えることになるのだろうと推測されます。

けれども、かゆみと炎症のどちらを抑えたいかと聞かれれば、私は「炎症」を抑えたいと答えます。

なぜなら、私の場合、かゆみよりも炎症に悩まされているからです。例えば、私は肉体的な疲労が積み重なると、掻かなくても湿疹ができます。また、季節的変化で皮膚が乾燥すると、掻かなくても皮膚がひび割れて湿疹ができます。かゆみを伴わなくても湿疹ができるケースがあるわけです。

そして、そうした炎症がなかなか治まりません。おそらく、健常者よりも炎症が起きやすく、かつ遷延化しやすいため、慢性湿疹ができるのだと思います。

かゆみは、そう長時間続くものではないので、何とか我慢できます。もちろん、我慢できないような強いかゆみもあります。例えば、ステロイド外用剤依存に陥ったときのかゆみは、とても我慢できたものではありません。

そのような場合であっても、掻いたあとの傷なり炎症が早く治って欲しいと考えます。炎症が治まれば、かゆみも軽減されるからです。

あくまでも私のイメージですが、「かゆみ」は城の外堀のようなもので、本丸は「炎症」です。叩くなら本丸をねらった方が良いと考えます。

私は、免疫を抑制する薬については、ステロイドとプロトピックで懲りているので、今のところネモリズマブもデュピルマブも使いたいとは思いません。

でも、どちらかといえば、上記の理由からデュピルマブの方に惹かれます。

治験における各スコア

ネモリズマブとデュピルマブの各治験におけるEASI(Eczema Area and Severity Index、湿疹面積・重症度指数)スコアの結果をみてみます。

試験デザインが異なるので比較はできません。あくまで参考として、各社リリース資料から抜粋します。

ネモリズマブの第Ⅱ相治験のEASIスコア(副次的評価項目)です。

副次的評価項目である12週時のEASI変化率は、プラセボ群の-26.6%に対し、nemolizumab投与群(0.1,0.5mg/kg及び2.0mg/kg、4週ごと)で-23.0%,-42.3%、及び-40.9%であり、(後略)*1

デュピルマブの第Ⅲ相試験(SOLO1及びSOLO2)のEASIスコア(副次的評価項目)です。

16週目時点におけるEASIスコアのベースラインからの改善割合は、SOLO1試験およびSOLO2試験では、DupixentR 300mg毎週投与群においてそれぞれ72%69%、DupixentR 300mg隔週投与群においてそれぞれ72%67%、プラセボ群においてそれぞれ38%31%でした(p<0.0001)。*2

次に、各治験での掻痒(かゆみ)スコアの結果を抜粋します。

ネモリズマブはかゆみの評価について Visual analog scale(VAS)を用いています。第Ⅱ相試験の主要評価項目です。

12週時のそう痒VAS変化率は、nemolizumab投与群(0.1,0.5 mg/kg及び2.0 mg/kg、4週ごと)において-43.7%-59.8%-63.1%となり、プラセボ群の-20.9%に対し有意な改善が認められました(いずれもp<0.01)。*3

デュピルマブはかゆみの評価について Numerical rating scale(NRS)を用いています。第Ⅲ相試験(SOLO1及びSOLO2)の副次的評価項目です。

16週目時点にNRSスコアが4ポイント以上改善した患者の割合は、SOLO 1試験およびSOLO 2試験では、Dupixent® 300mg隔週投与群においてそれぞれ41%36%、Dupixent® 300mg毎週投与群においてそれぞれ40%39%、プラセボ群においてそれぞれ12%10%でした(2つの試験の両群ともp<0.0001)。*4

参考までに、デュピルマブの副作用情報の一部を抜粋します。

Dupixent®群においてより多く見られた有害事象は、注射部位反応(Dupixent®群で8~19%、プラセボ群で6%)、結膜炎(Dupixent®群で1~5%、プラセボ群で1%)でした。注射部位反応による投与中止例はなく、結膜炎での投与中止が1例ありました。*5

この他、第Ⅲ相試験において死亡例が2例発生しました。ただし、1例は喘息発作、1例はうつ病をもつ患者による自殺ですから、デュピルマブ投与との直接的な因果関係があるかは不明です。

ネモリズマブの副作用についての情報です。

頻度の高かった有害事象はアトピー性皮膚炎の悪化、鼻咽頭炎、上気道感染症、末梢性浮腫、およびCPK上昇でした。

有害事象のため治験中止に至った症例はnemolizumab群で15例であり、主なものはアトピー性皮膚炎に関連した事象(アトピー性皮膚炎の悪化、剥脱性皮膚炎)10例でした。*6

デュピルマブの口コミ情報

ネモリズマブについて、私はごく限られた情報しか見たことがありません。一方、デュピルマブについては、米メディアが被験者へのインタビュー記事を掲載していますし、ネット掲示板の口コミからも、その効果をうかがい知ることができます。

そのなかには、

  • 正常な皮膚を取り戻した。
  • 普通の生活を取り戻した。

などの肯定的な意見が多い印象です。

より具体的には、

  • かゆみも、痛みも、血も出ない生活を送れている。
  • 老婆のような皮膚は消え、傷も色素沈着も象のような分厚い皮膚もなくなった。
  • 部分的に炎症は残っているけれども、他の部分は良くなった。

などです。

私が最も関心のある、デュピルマブの投与を中止したらどうなるかについては、情報が少ないのですが、

  • ステロイドのようなひどいリバウンドはなかった。
  • 少し再燃した。
  • 治験の再ランダム化後(おそらくプラセボが割り当てられ)ひどく悪化した。

などの声が挙がっていました。

この他、

  • 効果はなかった。
  • 目が赤くなった、結膜炎が起きた。

などの声もありました。

実用化に近いのはデュピルマブ

以上のように、現時点においては、ネモリズマブに関する情報が限られている一方で、デュピルマブに関しては様々な情報が得られます。

にもかかわらず、今回のニュースを受けて、ネモリズマブばかりが取り上げられ、デュピルマブは見向きもされないことに、若干の違和感を感じるのです。

デュピルマブは、3つの第Ⅲ相試験でプラセボに比して統計的有意差をもって改善を示しており、明らかに実用化に一番近いアトピー性皮膚炎に対する抗体医薬です。

ですから、ネモリズマブに期待するなら、デュピルマブに期待しても良いはずだし、デュピルマブのことをもっと取り上げても良いと思うのです。

私は、決してサノフィの回し者ではありませんが、客観的にそう思います。

例えば、先月、サノフィが厚生労働省にデュピルマブの承認申請をした際に、大手メディアはデュピルマブを取り上げても良かったと思うわけです。

 

ネモリズマブに期待しすぎてはいないか?

アトピー性皮膚炎をめぐっては、タクロリムス軟膏(プロトピック)が登場する際にも、期待が高まりました。

プロトピックは、中等クラスのステロイドと同程度の抗炎症作用がありながら、ステロイドのように皮膚萎縮などを起こさないとされ、現在広く使用されています。

しかし、プロトピックはアトピー性皮膚炎そのものを治すことはできません。

ステロイドやタクロリムスによる治療は炎症を抑える対症療法であり、アトピー性皮膚炎を根治することはできません。

したがって、ステロイドやタクロリムスによる治療は長期にわたる場合があります。けれども、10年や20年におよぶ長期使用における安全性についてはエビデンスが存在しません。

さらに、治療を中止すると、離脱症状(リバウンド)が生じる場合があります。

これらのことは、Th2系のサイトカインに対する抗体医薬でも同様と考えられます。

デュピルマブの治験に関わった医師のコメントを抜粋します。

Although the trials don’t indicate whether Dupilumab should be taken for the rest of a person’s life or for only a short period of time, Guttman-Yassky predicts that because eczema is a lifelong disease, the medicine will require lifelong administration.

試験は、デュピルマブが生涯必要なのか、短期間のみ必要なのかどうかについて示唆していないけれども、Guttman-Yassky氏は、湿疹は生涯にわたる疾患なので、薬の投与は生涯必要であるだろうと予測している。*7

つまり、デュピルマブは、lifelong drugであるだろうというわけです。

加えて、一般に抗体医薬は高価です。

生涯必要である場合、医療費負担は膨大なものとなるでしょう。後発医薬品が出てくれば、薬価も低くなるでしょうが、それがいつになるかわかりません。

また、アトピー性皮膚炎は患者数が多いので、社会保障費が増大するなか、抗体医薬に対する特別な公的助成が得られるとは考えにくいです。

以上から、ネモリズマブやデュピルマブに関しては、次の点を考慮する必要があると思います。

  • 根治療法ではなく対症療法であり、生涯投与が必要であろうこと。
  • そのうえ、薬価が高い薬になるだろうこと。
  • 長期の安全性は未確認であること。

さらに言えば、薬の投与を中止した場合も問題となるかもしれません。

個人的には、メディアが抗体医薬について取り上げる際には、こうしたポイントにも触れてほしいと思います。プレスリリースの丸写しで有効性のみ紹介することにより楽観論が横行することは望ましくありません。

実のところ、患者の方は冷静に受け止めているかもしれません。ステロイドやタクロリムスの経験から、新薬といえども、アトピーを根本的に治すことはできないだろうと、おそらく推測しているからです。

一方で、患者の周りの人たちが、あまりに期待感を高めてしまうと、患者は病気を治さなければならないという余計なプレッシャーをかけられることになります。

以上、ネモリズマブの話題に関して抜け落ちていると感じる点を記しました。

 

 

(当サイトはいかなる治療法をも推奨するものではありません。また、当サイトに掲載されている情報を利用することにより発生したいかなる損害についても責任を負うものではありません。)

(引用部分の翻訳および赤字による強調表示は当サイトによります。正確な翻訳を期していますが、正確性を保証するものではありません。)

*1:中外製薬ニュースリリース 2017年3月2日

*2:サノフィプレスリリース 2016年10月7日

*3:中外製薬ニュースリリース 2017年3月2日

*4:サノフィプレスリリース 2016年10月7日

*5:サノフィプレスリリース 2016年10月7日

*6:中外製薬ニュースリリース 2017年3月2日

*7:New Drug Offers Hope To Millions With Severe Eczema | The Huffington Post

2件のコメント

  1. こんにちは、初めまして。元アトピーっ子2人の母親です。こちらで情報を得て早速「健康365」5月を密林で注文しました。
    子供たちは今はほぼ完治しております。上の子・脱ステロイド、下の子・完全ステなしです。院生時代に免疫学をかじっておりました。上の子の脱ステでは脱ステの先生達のお世話になりました。
    いつも詳細な学術的解説をありがとうございます。臨床系には素養がなく、だいぶこちらのサイトを参考にさせていただいております。体調すぐれない時にもアップしてくださって、本当に頭が下がります。
    ついに抗体医薬まで登場してしまいましたね。。。サノフィのanti-IL-4に中外のanti-IL-31ですか。
    今、ステロイドが効かずに切羽詰まっていらっしゃる患者さんには大きな助けになるのでしょうね、これらは。ですが、こういった抗サイトカイン抗体による中和療法は、ある意味、免疫系の調節中枢に手をつっこむようなものです。動物実験にはこういった抗体をよく使いましたが、人間には、、、特にIL-4は免疫系の中枢近くに位置するサイトカインですので、それを中和してしまうと何が起こるのか、恐ろしい気がします(特に長期に使用すると)。まだIL-31の方が下流に位置するサイトカインではないか、(なので、まだ致命的影響は少ないのでは)と、想像していますが、、、それでも抗サイトカイン療法には細心の注意が必要と思います。
    もっとも、報道の量の違いについては、単に中外が大学も積極的に使ってプレスリリースしているだけで、「予想される副作用の大きさ」まで考慮して「こちらの方が優れている」と考えてやってるわけではないと思いますが。。。(正直、臨床医療・製薬の分野で、免疫学の専門家の数が足りていないので、本質的な判断はできないのでしょう。一方で、基礎免疫学の分野では日本の研究は相当に高いレベルにあると思います。もっとも、大型予算がまわってくる研究室についていえば、ですが。)
    そもそも、アトピーにステロイドを気軽に処方せず、もっと慎重に、控えめに運用していたならば、こういった高価な抗体医薬が必要なほどに重症のアトピー患者は生まれなかったのではないか、と想像せずにはいられません(自分の子供たちの経験から)。
    ステロイドを乱用してアトピー患者を作りだし、ステロイドの手には負えなくなった患者には高価な抗体医薬をあてがう、、、脱ステを経験していると、ついついそんな悪い冗談みたいなマッチポンプな構図を思いついてしまい、思わず目眩がしてしまいました。
    引き続きこちらのブログの記事更新を楽しみに、応援しています。どうぞ無理はなさらず、でも、是非ながーーく続けてほしいと思います。日本のアトピーの治療法が適切なものとなる、その日まで。

  2. お子様たちが完治されて良かったですね。タクロリムス、シクロスポリン、デュピルマブやネモリズマブなどを使わずに済むところまでお子様たちを導いたことは、大変な御苦労があったでしょうけれども、きっとお子様たちに将来感謝されると思います。
    私も、免疫抑制の負のスパイラルへの入口が、ステロイドの使用であると考えています。ステロイドの副作用に対し新薬をあてがうことがマッチポンプであるというご指摘はその通りだと同感します。
    ステロイドの安易な処方を避けるためにも、皮膚科臨床医のレベルの向上が不可欠であると思います。

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