アトピー性皮膚炎に関わる訴訟(3)

深谷元継氏のブログで、当サイトを記事にて取り上げていただきました。

アトピー性皮膚炎に関する訴訟―「アトピー覚書」より

その記事を受けつつ、今回は、アトピーに関する訴訟を取り上げた意図とともに個人的な所感を記します。

 

まず最初に、深谷先生にお礼を申し上げたいと思います。

当サイトを取り上げていただいたことだけではありません。

私は、先生の書いた本やブログから多くを学びました。読むたびに新しい発見があります。網羅的に奥深い知識を残してくださったことに感謝します。

また、先生がステロイド以外の治療にも理解を示していることを心強く思います。

皮膚科の標準治療の医師らが触れないタブーに取り組む姿勢、他分野でも新しいことにチャレンジする姿勢を尊敬します。

近所には標準治療の医師しかいなくても、遠くにいる深谷先生や佐藤健二先生たちの存在が、私に安心を与えてくれています。

安心が与えられるのは診察のときとは限りません。この同じ空の下、その人が今生きているということを想像するだけで、勇気づけられるということがあるのです。

 

さて、今回、私がアトピー性皮膚炎に関わる訴訟を取り上げた意図を記します。その前に、私がこのブログを始めた理由をお話しします。

私は、このブログを、ジョギングによるアトピー改善の覚書にするつもりでした。約10年前の脱ステのときは、それこそ走るたびに、改善してゆきました。ですから、今回の脱保湿以降の悪化でも、走れば走るほど改善するだろうと思い、アプリのメモには書ききれない細かな状態の変化をブログに記して、自分のための参考にしようと思いました。これが偽りない第一の理由です。

第二の理由としては、その記録が脱ステ患者の参考になるかもしれないと思いました。私は脱ステ当時、ステロイドをやめて改善したとするある患者のウェブサイトをよく見ていました。そのサイトの理論が全て正しいとは思えませんでしたが、「ステロイドを漫然と使い続けているといつか破綻する」というのは私に起きた事実でしたし、「ステロイドをやめてかなり改善した」と書いてあったことが、私の道しるべとなりました。ですから、押しつけになってはいけないけれども、私の記録が少なくとも運動による効果の参考にはなると思いました。

他方で、ステロイドの副作用を経験した者として、二度とこのようなことを繰り返してはならない、と願う気持ちがありました。これが第三の理由になるかもしれません。ステロイドを使った全員ではないけれども、私のような人もいるよと知ってもらいたいのです。私が経験したことを次の世代には経験してほしくありません。とりわけ乳幼児には。ですから、ブログのなかで、ステロイド薬のリスクと、自らの実体験を綴ることにしました。

さて、ブログを書いているうちに、第一、第二の理由よりも、第三の理由がどんどん大きくなっていきました。

世の中では、相変わらずメディアが “ステロイドは安全” なものとして取り上げ、リスクについては馬鹿の一つ覚えみたいに “色素沈着は起きない” としか伝えないのです。そして、医師たちは赤ちゃんにステロイドを処方することに何のためらいもみせません。

ステロイドは個人で感受性に違いがあるかもしれないこと、継続的使用により効果が減弱するかもしれないこと、依存になるかもしれず離脱時にはリバウンドが生じることが、重大なリスクとして認識されるべきです。このリスクを受け入れる場合には、患者による同意書への署名が必要とされるとしても、私は大げさではないと思います。

私の知人は、ステロイドを塗り続けた指が老人のように皺だらけとなり、ステロイドを塗らなくなって10年以上経った今も皺だらけのままです。おそらく一生治らないでしょう。

しかし、日本皮膚科学会の権威である古江増隆氏は、「局所性副作用は、ステロイド外用量が少なくなると、6ヵ月で50%程度が再び回復することが分かっています」といいます。嘘とはいえませんが、一定期間内の回復の可能性のみ述べて、一生治らないリスクに言及しないのは、リスク管理として誤っていると思います。

振り返ってみると、私がこのブログで強調したかったのは、リスクを開示せよ、というメッセージだったかもしれません。リスクを認識したうえでなら、有害事象が起きても仕方がないと思えます。しかし、全く聞かされていなかったとしたら、そんなことは聞いていなかったと怒るのが当然ではないでしょうか。

多大なリスクがあるのに安全というのはおかしい。リスクが隠されていたのに泣き寝入りするのはおかしい。患者として、おかしいと思うことに対してはおかしいと言うべきだと思いました。

とくに、人は権威に弱いもので、権威的なものを無批判に受け入れてしまいがちです。しかし、権威も誤ることはあります。そこで、あえて権威的な言説を引用しつつ、おかしいと思うところを指摘するようにしてきました。

ステロイド外用薬に関する権威としては、九州大学標準治療ウェブサイトとアトピー性皮膚炎診療ガイドラインが双璧ですが、もうひとつあります。裁判例です。

ですから、ブログのなかのどこかで、アトピーにかかわる裁判例に対して、おかしいと思うところがあれば、一人の患者の意見を記しておきたいと思いました。

以上が今回訴訟を取り上げた意図です。

 

さて、今回、2つの訴訟を取り上げました。「アトピー性皮膚炎に関わる訴訟(1)」で取り上げた平成4年判決の訴訟(以下、訴訟1という)と「アトピー性皮膚炎に関わる訴訟(2)」で取り上げた平成16年判決の訴訟(以下、訴訟2という)です。

訴訟1の判決文は、論理的です。私はステロイドに否定的ですから、立場としてはステロイドの副作用が生じたとする原告に近いです。けれども、判決文を読むと、原告の患者の気持ちもわかるけれども、被告の医師を責める気にもなれませんでした。判決は、医学的知見を踏まえつつ、論理的で、私には反論の余地がありません。納得させられます。

一方、訴訟2の判決文からは、私は論理が読み取れませんでした。一言でいうと、「ガイドラインと添付文書にはこう書いてあるからダメ」と言われているようなものです。論理が立っていないのです。個別の事情は無視されたかのようです。納得できませんし、反論したくなります。

実際に、この判決後、判決に疑問を感じた患者たちによる署名活動が行われたようです。

第一審の判決では、医師側が敗訴したが、この判決に被告医師の患者たちが疑問の声をあげ、署名活動へと発展した。患者たちは、標準治療の医師たちの繰り返す「ステロイドは安全だ」という言葉に反して、ステロイド外用薬の副作用を体験しており、そのことを訴えたいと、ウェブ上で署名を集め、それを2005 年に厚生労働省に提出した。1)牛山美穂, アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー-日本とイギリスにおける患者の知をめぐって-, 2012.(引用者注: 被告医師名を伏せています)

さもありなん、という感じです。

この訴訟は、その後被告が控訴し、2005年2月7日二審で和解が成立した。
一審判決が確定されず、効力を持たなくなった結果を、ともかくも喜びたいと思う。

一審の結果を知って、その中で採用された専門医意見書の妥当性に疑問を抱く医師たちと、治療の選択肢が狭められることを危惧する患者たちが、二審での被告を支援し力となった。2)http://www.mioworld.net/lawsuit.html

裁判所が、日本皮膚科学会の権威による意見書やガイドラインを、権威というだけで採用したとすれば、私たちはそのことを重く受け止めなければなりません。

ともかく、この判決から、アトピー性皮膚炎に関わる訴訟においては、「ガイドライン」と「添付文書」が、裁判所の判断を左右する重要な材料であることがうかがえます。

実際に、医療訴訟を法的に解析したある弁護士は、医療訴訟において、裁判所がガイドラインの証拠価値を高く認めるであろうことを指摘しています。

ガイドラインに証拠能力があっても、証拠価値がどの程度あるかは別の問題である。証拠価値とは、当該証拠が裁判所の判断に役立つ程度のことである。

この点、ガイドラインを引用した裁判例において、ガイドラインを裁判所の判断に用いることに関する言及なく、ガイドラインを判決文中に引用している判決が多かったこと、何らかの言及があっても、積極的な表現が見られるものが半数であったことからすると、裁判所は、ガイドラインの証拠価値を高く認めているというべきであろう。(中略)

実際、東京地方裁判所内の医療訴訟対策委員会自らが、医療訴訟の審理運営指針として、患者側や医療側の弁護士は、「事案に関する診療ガイドラインが公表されている場合には、提出することを検討すべきである。」と述べている。3)桑原博道, 淺野陽介. “特別寄稿2, ガイドラインと医療訴訟について-弁護士による211の裁判例の法的解析-”. Minds 診療ガイドライン作成マニュアル. 小島原典子, 中山健夫, 森實敏夫, 山口直人, 吉田雅博編. 公益財団法人日本医療機能評価機構. 2015.

そうすると、患者がステロイド外用治療中に、注意義務を怠った医師のもとで「ステロイド依存」や「リバウンド」を生じたとしても、ガイドラインにそれら病態の記載がないために、損害賠償請求は棄却される可能性が高いかもしれません。

一方、脱ステ医が脱ステロイドを行う患者の診療中、「リバウンド」等を生じた患者から提訴された場合に、ガイドラインに「ステロイドを使用しない診療が適用となる症例」の記載がないために、損害賠償が認容される可能性が高いかもしれません。

裁判所が判断の際にガイドラインを重視するのであれば、ガイドラインが正しいものであってほしいと思います。しかし、アトピー性皮膚炎のガイドラインについては、その改訂を求めて1万6000筆の署名が集まるほど、信頼性は不確かなのです。

現実に依存やリバウンドに苛まれている患者が存在するのですから、ガイドラインの改訂は急務です。

 

メディアが標準治療を事あるごとに紹介し、皮膚科学会がガイドラインの普及を画策しても、脱ステロイドを試みる患者が減ることはないでしょう。

ステロイド外用薬の治療が一律に行われる限り、どうしても適切にうまく使えずに、副作用を起こしてしまう患者が、ある程度の割合で存在するからです。

かつてステロイドの問題に取り組んでいた団体、アトピー・ステロイド情報センターの住吉純子代表(当時)は次のように指摘します。

情報センターに寄せられる被害例というのは、かなり特殊かもしれないのですが、成人アトピーの患者さんは、ステロイドを、10年、20年使い続けてきた人たちで、ステロイドの使い方に問題があった人たちが大半です。うまく使えば問題はないのだとおっしゃっていますが、患者からいえば、使いこなせない薬です4)アトピー・ステロイド情報センター編, アトピーステロイドを考える. 柘植書房新社, 1996.

ステロイド治療を推し進めれば推し進めるほど、脱ステロイド患者を受け入れる施設の必要性が高まるという皮肉な現状があります。

そのため、脱ステロイド患者を受け入れる施設が必要ですが、同時に、脱ステ医が抱える訴訟リスクが問題となります。

脱ステ医は恨みを買いやすいと思われます。脱ステロイドがうまくいかなかった患者の、脱ステロイドに対する嫌悪感はただならぬものがあります。

一患者の見解にすぎませんが、やはり、脱ステロイド患者を診療する際には、説明責任を果たして、患者の同意を得ることが肝要ではないでしょうか。

日本では、従来から患者の同意は医的侵襲たる医療行為の違法性阻却事由として理解され、たとえそれが患者の疾病の治療に有効であったとしても、患者の同意を欠く医療行為は専断的医療行為として違法とされ、民事上は損害賠償責任を、刑事上は業務上過失致死傷罪に該当する、というのが判例・多数説である。こうした考え方は、自分の生命・健康等に対する自己決定権を尊重すべきだとする考えにもとづく。

そして患者の同意が有効であるためには、患者の同意の対象である医療行為を十分な情報が与えられたうえでの同意であることが必要である。そしてもちろん、患者に十分な情報を与える主体は医師であって、十分な情報を与えなかった医師には損害賠償責任があるとすることについては、判例・学説ともにほぼ異論がないところである。

したがって、患者の同意の前提としての説明は医師の重要な義務の一つとされている。5)中村敏昭, 民事判例における医師の説明義務と患者の同意. 城西経済学会誌, 28巻 1号, 1-18, 2000.

同意の要件が問題となりますが、同意書を得ていれば、少なくとも言った言わないの問題は生じないと思われます。法律専門家の協力も要るかもしれません。

リバウンドなどの危険を伝えることは絶対的に必要でしょう。また、経過が個人ごとに異なること、完全に回復しない可能性、数年後に再発する可能性があることなども、伝える方が良いように思います。

 

ここまで、訴訟について見てきて率直に感じるのは、最初にステロイドを使ってさえいなければ、 こんなことにはならなかっただろうということです。

ステロイドを最初に使わなければ、脱ステロイドをする必要もないし、リバウンドを起こすこともないし、医師を恨んで訴訟を起こす患者も出てこないだろうと思います。

ですから、そもそも、ステロイドの処方時にこそ、ステロイドのリスクに対する説明責任と患者の同意が必要なのです。

長期的な視点からは、ステロイドのリスクを評価するためのさらなる作用機序の解明および臨床データ収集が欠かせません。

短期的には、ガイドラインの改訂が必須でしょう。

References   [ + ]

1. 牛山美穂, アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー-日本とイギリスにおける患者の知をめぐって-, 2012.(引用者注: 被告医師名を伏せています)
2. http://www.mioworld.net/lawsuit.html
3. 桑原博道, 淺野陽介. “特別寄稿2, ガイドラインと医療訴訟について-弁護士による211の裁判例の法的解析-”. Minds 診療ガイドライン作成マニュアル. 小島原典子, 中山健夫, 森實敏夫, 山口直人, 吉田雅博編. 公益財団法人日本医療機能評価機構. 2015.
4. アトピー・ステロイド情報センター編, アトピーステロイドを考える. 柘植書房新社, 1996.
5. 中村敏昭, 民事判例における医師の説明義務と患者の同意. 城西経済学会誌, 28巻 1号, 1-18, 2000.

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