アトピー性皮膚炎に関わる訴訟(1)

事件番号:東京地方裁判所判決/平成元年(ワ)第14241号

判決日付:平成4年5月22日

判示事項:アトピー性皮膚炎の患者がステロイド外用剤の使用によりステロイド性皮膚炎に罹患したことにつき、担当医師の治療上の過失が否定された事例

裁判長裁判官:坂本慶一 裁判官:西崎健児

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

 

(以下、年表は当サイトによるまとめ)

1986年 3月 N診療所の初診。アトピー性皮膚炎の診断。ステロイド外用剤処方。

1988年12月 N診療所の最終診察日

1989年 1月 効き目が悪くなった印象、使用量が多少増加。

1989年 3月 顔、手足に赤い丘疹、顔にかゆみ。Mクリニック受診。ステロイド性皮膚炎の疑いの診断。スタデルムクリーム処方。

Y大病院受診。アトピー性皮膚炎とともに、顔面に赤い丘疹、一部にきび様一部癒合、鱗屑及びステロイド誘発性酒さ様皮膚炎等が認められ、後日には赤紫色膿庖疹が多発していることなどからステロイド性皮膚炎と診断。スタデルムクリーム処方。

1989年 6月 Y大病院入院。軽快後、退院。

1989年 7月 Y大病院通院。

1989年 8月 K病院受診。アトピー性皮膚炎(全身)、ステロイド性皮膚炎(顔)の診断。

(年表のまとめは以上)

 

(以下、理由三を抜粋)

三 そこで、被告の原告に対する治療についての過失の有無を検討する。

1 ≪証拠略≫を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)アトピー性皮膚炎は、患者の年齢により特徴的な臨床症状を示す、急性、亜急性、慢性の強い痒みを伴った湿疹であり、難治性の皮膚疾患である。青少年・成人期の皮疹が最も頑固で治療に抵抗性があるとされている。家族的、遺伝的素因が原因として背景にあるとされているものの、今日でも病因は必ずしも明らかではなく、そのため、確立した治療法は存在しない。その治療は、痒み、炎症などの皮膚の症状を改善することを目標とする対症療法が主体である。適切な外用療法を行って、痒み、炎症などの皮膚症状を軽快させ、自覚症状を軽減させ、病巣を略治状態に保つことにより、自然治癒、自然寛解する時期を待つことが大切とされている。

(二)ステロイド外用剤は、優れた抗炎症作用を有し、アトピー性皮膚炎の外用療法の中で最も有用かつ重要であり、今日その治療のためには必要不可欠なものとされている。しかし、アトピー性皮膚炎が慢性に経過する皮膚疾患であり、ステロイド外用剤も長期にわたり使用されることが多いため、その使用法を誤ると、局所的副作用としてステロイド性皮膚炎を起こすことがある。

そのため、アトピー性皮膚炎が難治性であること、ステロイド外用剤の薬効が著しいことなどから、アトピー性皮膚炎の治療のためには、副作用に注意しながらもステロイド外用剤の使用が必須だとの意見が存在する一方で、ステロイドの副作用を懸念して、ステロイド外用剤の使用に消極的な意見も存在するなど、ステロイド外用剤の実用性については、医学上、必ずしも意見の一致を見ていない。

(三)我が国では現在まで20種類以上のステロイド外用剤が認可され使用されているが、これは皮膚症状に軽重があるのでそれに合わせて必要十分な効果を有する薬剤を選択して使用するためである。

現在我が国で使用されているステロイド外用剤の抗炎症作用の強弱すなわち臨床効果の強弱は5段階(最強、強・強、強、中、弱)に分類されている。副作用の生じ易さはある程度臨床効果の強弱と比例しており、高い効果を有する薬剤ほど副作用が生じ易いというのが通例である。

そこで、副作用発生の危険を避けるためには、皮膚症状の程度に応じて右分類に従い、最も適当なステロイド外用剤を選択して使用することが必要である。

被告が原告に対し顔面用に処方したステロイド外用剤は、右5段階の分類では、ロコイド軟膏が中、デキサンクリームが弱、ヴェリダーム・メドロール軟膏も弱である。

被告は、原告の顔面のアトピー性皮膚炎の治療について、局所副作用が生じやすいことを考慮して当初から弱いステロイド外用剤であるロコイド軟膏を使用し、1986年8月以降は最も弱いステロイド外用剤であるデキサンクリーム及びヴェリダーム・メドロール軟膏に切り換えて、これを使用してきた。

(四)現在、日本において、数種類の非ステロイド外用剤が市販されており、アトピー性皮膚炎の治療にも使用されている。それは副作用の点では安全性の高い外用剤である。しかし、非ステロイド外用剤は、抗炎症作用すなわち効果の点ではステロイド外用剤とは明らかな差があり、非ステロイド外用剤のみで治療できるアトピー性皮膚炎はほとんどなく、ステロイド外用剤で炎症症状を抑えた後の維持療法、局所副作用の生じやすい顔面の治療等に用いられており、あくまでステロイド外用剤の補助的存在にとどまるものである。

右のとおり認められる。

2 右認定の事実に基づき、被告が原告に対するアトピー性皮膚炎の治療にあたって、医師としての注意義務に違反したか否かを検討する。

右認定の事実、ことに、被告は、1986年3月11日の初診時に、原告の症状及び既往歴からアトピー性皮膚炎であると診断し、その後の検査から、原告はアトピー性素因がきわめて強く、難治性の慢性疾患であるアトピー性皮膚炎であると確診し、副作用に配慮しながら長期間にわたる適切なステロイド外用剤の投与による薬物療法及び生活指導が必要と判断したこと、そして、被告は右診断に基づき、原告に対し、顔面用にステロイド外用剤を処方するに当たって、局所副作用が生じやすいことを考慮し、原告の症状を経過観察をしながら、かつ、原告自らが処方する際には使用部位に注意することなどを指示した上、1986年4月から同年6月までは、右5段階分類の2番目に臨床効果の弱い部類に属するロコイド軟膏を処方したのち、同年8月から1988年8月までは、最も臨床効果が弱く副作用発現の恐れの少ないデキサンクリーム及びヴェリダーム・メドロール軟膏を処方したこと、その間、原告のアトピー皮膚炎の症状は概ね良好に維持されており、被告から処方された右ステロイド外用剤を使用したために症状が悪化したり、ステロイド性皮膚炎の症状が発現したことはなかったこと、また、前記のとおり、アトピー性皮膚炎の治療はあくまで患者にステロイド外用剤を処方しながらその効果を確認していく対症療法であることなどからすれば、被告の原告に対する前記認定の顔面用ステロイド外用剤の処方が不適切であったということはできないし、また、その使用量及び期間が必要の程度を超えていたとまでいうことはできない。

なお、被告は、1988年12月13日、原告から勤務先を退職して通院が困難になるので通常よりも多めに薬を処方するよう依頼され、通常の約2倍の使用量にあたるヴェリダーム・メドロール軟膏40グラムを処方しているが、その際、原告に対し、症状に変化があった場合は直ちに来院するように指示したことが認められるのであって、患者の都合を考慮しかつ症状に変化があった場合は直ちに来院するように指示した上で、通常の2倍程度の量を処方することは、主治医の裁量として許容される範囲内にあるというべきである。

なお、その後、原告はステロイド外用剤の効き目が悪くなったと感じるなど症状の変化があったにもかかわらず、被告の指示に従わず、直ちに被告の診療所に通院していない。

3 原告は、顔面のアトピー性皮膚炎の治療に当たる医師としては、本来ステロイド外用剤を処方すべきではなく、処方するとしても使用量5グラム、使用期間10日間程度に限定し、以後は非ステロイド外用剤や抗ヒスタミン内服薬の処方によって治療を行い、酒さ様皮膚炎などのステロイド外用剤の副作用を生じないようにする注意義務があり、仮に、右期間に限定したステロイド外用剤の処方をしない場合は、早期に副作用の発見ができるように少なくとも1週間に1回程度は来院させて経過観察をしてステロイド外用剤の副作用を生じないようにする注意義務があったと主張する。

しかし、顔面のアトピー性皮膚炎についても、非ステロイド外用剤の抗炎症効果が十分とはいえない現状では、その症状によってはステロイド外用剤の処方が必要な場合が多いのであって、本来ステロイド外用剤を処方すべきではないとまでいうことはできない。

また、確かに、≪証拠略≫によれば、顔面へのステロイド外用剤の処方について使用量5グラム、使用期間10日間を目安とし、これ以上の使用は極力避けるとの専門医の見解が存在していることが認められるが、この見解によっても、必ずしもそれ以上の使用が一律に許されないものとは解されないし、右期間を経過後も症状が改善されない場合にはステロイド外用剤の処方を継続することが必要な場合もあることは否定できないから、医師に法的義務として、ステロイド外用剤の処方を使用量5グラム、使用期間10日程度に限定し、以後は非ステロイド外用剤や抗ヒスタミン内服薬の処方によって治療を行う注意義務があるとまでいうことはできない。

さらに、右期間に限定したステロイド外用剤の処方をしない場合は、早期に副作用の発見ができるように、少なくとも1週間に1回程度は来院させて経過観察をしてステロイド外用剤の副作用を生じないようにする注意義務があるとの主張についても、患者の症状には差異があり、また患者の都合によっては通院できない場合も存するし、医師の側で来院を確保する方策もないのであるから、これを医師の注意義務として措定することは妥当ではない。

したがって、医師の注意義務に関する原告の右各主張はいずれも採用することはできない。

4 以上によれば、被告の原告に対するアトピー性皮膚炎の治療に過失があったということはできない。そうすると、原告の本訴請求は、その前提を欠き、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことになる。

5 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(理由三の抜粋は以上)

 

(判決文中の人物名および団体名は一部伏せています。また、和暦を西暦に、漢数字をアラビア数字に一部換えています。)

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