アトピーにカウンセリングは有効か?(5)

「アトピーである自分を受け入れよう」

私は、この耳触りのよい言葉が嫌いです。

アトピーがあるかないかでいえば、ない方がよいに決まっています。

ガサガサな皮膚、赤い顔、黒ずんだ体、ときに液が漏れ出す自分を、受け入れられるのは、よほどの物好きだと思います。

 

自らの不摂生が原因で病気になったとしたら、受け入れることに納得もいくでしょう。

しかし、病気の原因が不明であれば、なぜ、どうして、自分が病気になってしまったのかを考えてしまうものです。簡単に受け入れられるものではありません。

また、ステロイドの使用後に症状が悪化したのですから、薬の副作用のせいかもしれないのです。

もし薬のせいであれば、なおのこと、アトピーを背負わされた自分を受け入れることなどできません。

 

アトピーを受け入れよう?

受け入れたら、アトピーとの闘いはそこで終わります。

私は自分がアトピーであることがきらいです。

他人には自分がアトピーであることを隠したいし、

自分からアトピーの影を一切消してしまいたいです。

なぜ、アトピーである自分を受け入れなければならないのでしょう。

私が受け入れられるのは、アトピーのない自分です。

私は、自分のアトピーをなくすまで、闘います。

 

ありのままの自分を受け入れよう?

アトピーを治すことをあきらめた者のための慰めの言葉など、私は要りません。

アトピーに負けた自分を正当化するための欺瞞の言葉など、私は要りません。

私に必要なのは、私を奮い立たせる言葉です。

 

アトピーの自分も悪くない?

アトピーでない自分はもっと悪くないでしょう。

 

アトピーになってわかったこともある?

私はアトピーになって、病気になると他人に気を配る余裕がなくなることを知りました。

アトピーのために、考え方が卑屈になり、他人に劣等感を抱くようになりました。

病気によって、人生が様変わりすることを知りました。

病気を苦に自殺する人の気持ちが、少しわかるようになりました。

アトピーになって知ったことは、知る必要もないし、知りたくもなかったことばかりです。

 

原因さがしはやめよう?

さがすのをやめれば、アトピーの治療はそこで終わります。

治療をあきらめて、偶然に自然治癒が訪れるのを待つのでしょうか。

私は、自分のアトピーをなくすまで、あきらめません。

原因があってアトピーという結果があります。

原因に対処しない治療ほど無意味なものはありません。

原因がいくつもあるのなら、ひとつひとつなくしていくだけです。

 

治らなくても前向きに生きよう?

人は、すでに、生きているだけで前向きです。

後ろ向きに生きられるはずもありません。

そして、前向きに生きるのに、アトピーは必要ありません。

私はアトピーを治すことをあきらめません。

何度悪化しようと、私は、自分の足で、治すために走り続けます。

もしかしたら、一生、病気に打ち克つことはできないかもしれません。

それでも、私は、私があきらめなかったことを、誇りに思うでしょう。

 

アトピーにカウンセリングは必要か?

私は、アトピー患者の心のケアは必要に応じてなされるべきだと思います。

症状よっては、アトピーがもたらす精神的苦痛があまりにも大きいからです。

せめて心だけでも楽になれば、病気と向き合う力がわいてくることでしょう。

適切な場面で、適切な人が、適切な態度で、話を聞いてくれればよいと思います。

専門家である必要はありません。特別な訓練を積んでいる必要はありません。

むしろ生半可な知識が、じゃまになるかもしれません。

家族や友人や患者同士でもいいのです。

大切なのは、誠実に、心から、言葉をかけ、耳を傾けることだと思います。

 

一方で、私は、現在世間で行われているようなアトピーに対するカウンセリングであれば、必要ないと思います。

信頼できないからです。

テキストや健康用品などを抱き合わせで販売する者。

代替医療とセットでカウンセリングを行う者。

必要以上にカウンセリングの有効性を説く団体。

広告を打ってまで仲間を増やそうとする団体。

薬の副作用をストレスにすり替える医師。

治らない理由をストレスのせいにする医師。

苦しむ患者の心の隙に忍び込み、耳触りのよい言葉で語りかけて、金をとる者。

 

カウンセラーは、苦しむ患者にはサポートが必要だと言うかもしれません。

一人で悩んでないで相談したらいいと誘うかもしれません。

しかし、そもそもカウンセラーが、いったいアトピーに対して何ができるのでしょうか。

治癒させる方法が見つかっておらず、皮膚科医が匙を投げた患者に対し、何を語るというのでしょう。

 

かつて、私は、

体から滲出液を漏らしながら、

朝まで全身を掻き毟りながら、

シーツを血と液で汚しながら、

リバウンドの地獄をくぐり抜けてきました。

容赦のない二度目のリバウンドにも、めげずに生きてきました。

何度も脱皮を繰り返してきました。掃除機は落屑で一杯でした。

保湿剤すら使えなくなり、ヒリヒリする皮膚に耐えてきました。

かゆみだけでなく、掻きこわした皮膚が痛みました。

汗のかゆみに脳が溶けるかのようでした。

風が皮膚にしみる日々もありました。

風呂上がりが地獄の日々もありました。

それまでの努力が無駄になるくらいに、1日で掻きこわしてしまったこともありました。

「もうだめだ」と、何度も口にしました。我慢にも限界があると、自分の人生を恨みました。

それでも、しぶとく、何度もふりだしからやり直してきました。

私は十分に耐えてきました。

私は負けませんでした。

私はカウンセリングを必要とするほど、弱くありません。

私は、取ってつけたような言葉で慰められるほど、惨めではありません。

自分にささやきかける甘い言葉の誘いを断ち、

カウンセリングに頼りたいと思う気持ちから卒業してはじめて、

アトピーと向き合うことができるのだと思います。

 

2件のコメント

  1. かなり有益な情報をありがとうございます。貴方のブログのエピジェネティクス、素晴らしい情報でした。おかげさまで皮膚炎ではない病気を治すことに成功しました。ありがとう。そして皮膚炎もエピジェネティクスが関わっているのはほぼ間違いないと考えています。深谷元嗣先生のブログでステロイドの販売とアレルギー患者の増加が一致しているという事を見かけた気がします。ステロイドの使用がアレルギー患者を増やし、そのアレルギー患者にステロイドを投与するというこの状況、麻薬のバイヤーと何が違うのか?やれやれですよ。

    カウンセリングも同様に思います。世界のすべてを科学で説明しようというこの現世で、うつ病も脳内物質で説明し薬物投与するという時代に、カウンセリングが役に立つのか甚だ疑問ですね。実体験からするとヨーグルト+食物繊維のほうがストレスに劇的に効きます。治せない自分の恥をストレスというごみ箱に捨てようというのが見え見えです。

    お互いアトピー性皮膚炎を治すために努力していきましょう。
    ブログを読ませてもらい、また頑張る力が出ました。
    今後ともよろしくお願いします。

  2. アトピー患者です。
    様々な説がある中で、ご自身で模索され完治を目指されている姿勢にただただ敬服します。
    しかし、これらの文章を読み、わたし自身は自分を責められているような、非常に苦しい思いを感じました。
    産まれてからずっと30年間アトピーの私は、アトピーを治すということについて、自分のアイデンティティに関わる心の問題であり、もはや痒いだけの病気とは片付けられないのです。
    私の考えでは、きっとアトピーとは、原因も対策も一つでは片付けられないものなのだと思います。痒みがメインとなるアトピーもあれば、私のように心の問題が密接に絡み合っているものもあるのだと思います。(もちろん、1才での発症ですので、アレルギー体質を持っており、始まりは痒みであったことは間違いないですが)
    うまく言い表せず、ご気分を害されたら申し訳ありません。ひとつの意見としてお読みいただければ幸いです。

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